2020年5月14日木曜日

昭和29年

昭和20年に太平洋戦争が終わり、敗戦国となった日本。
乱敗した状況でしたが、朝鮮戦争などの影響もあり、復興が早く、鉄道界においても、昭和25年頃から防振化による高速台車の開発や、高性能な高回転形電動機の登場、航空機技術を転用した軽量車体など、新技術を取り入れた車両が登場し始めました。
特にアメリカなどでは戦前より実績のあったカルダン駆動は高速化には欠かすことなできない技術で、各メーカーがこぞって開発に凌ぎを削り、その集大成とも言える車両群が昭和29年より登場し、鉄道界に新風を吹かせました。
まず1月に開通した当時の帝都高速度交通営団丸ノ内線300形。
画期的な車両で、カルダン駆動、高速回転形電動機、防振台車、両開き扉など、新性能に相応しい技術が惜しみ無く導入されていました。
続いて小田急2200形
こちらは狭軌(1067mm)として登場した高性能車両で、当時車輪間にカルダン装置や電動機類を置くことが厳しく、直角カルダン駆動が採用されました。
阪神3011系
当時はまだ小型車ばかりだった阪神電鉄初の大型車
Mc-M-Mcの3両編成で活躍しました。
後に増備車に合わせ貫通扉が取り付けられ、更に3扉化、最終的には冷房装置まで取り付けられて活躍しました。

そして東急5000系です。
この車両も狭軌で使われることから小田急2200形同様に直角カルダン駆動を採用。
車体は超がつくほど軽量化された独自のものでした。
私自身子供の頃、よく乗ったのですが、ホームで、ドア部分以外は床下までよく見通せて、乗るときに怖い電車だなぁ~と思っていた記憶があります。
何故か先に製造された小田急2200形は側面窓ドア配置が新関東型ですが、この東急5000系は古いデザインを採用しています。

横浜ではこの東急5000系に数年遅れ
相鉄からも同じく5000型が登場しました。
相鉄は直角カルダンが余程気に入ったのか、元号が平成になってからも8000、9000系列まで一貫して直角カルダン駆動の電車を作りつづけました。

と、言う訳で、昭和29年という年は鉄道業界にとっての戦後!とも言うべき技術が花開いた画期的な年になりました。


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